もったいない

 2024年12月18日 晴れと雪 -5℃

 

以前ならエコで、今はサスティナビリティがあってSDGs。

似て非なるもので遠からず近からずだと思うのですが洋服関連も特に聞かれるようになり、時々肩身が狭い意見を拝見する時があります。


サスティナビリティもSDGsも広い範囲での理念とその行動によるためのものなので一緒くたには出来ないのですが、日本は古くから勿体無いという言葉と価値が存在し物を大事にして無駄にしないという精神性が備わっているはずです。

ひょっとしたらそれも薄れているのかも知れません。しかしそれでも日本人として長年に渡り受け継がれ染み付いた生活習慣の中には上手く説明が出来ないけれども、常識や普通や当たり前と言った“感覚”は残っているはずです。


最近は論破するなどと言った相手よりも優位に立つ行動があるようですが理屈ではない日本人特有の“感覚”を失ってまでその様な行動による得るものとは一体なんなのだろうか?と、このような事が老害と言われたり古い考えなのかも知れませんが、それら踏まえても礼儀、礼節、困難にも耐え忍び努力を続ける事であったり、恩を返すことや謙虚であることが備わっている精神性ではないかと思っております。

誤解を恐れながらも、我慢をする事は何も自己犠牲ではなく自我を捨てる事でもなく、また謙虚も自己否定や卑下する事だとは思っておりません。


そしてそれら精神性の中に勿体無いという価値観と感覚がありなにか新たに言葉を作る事はせずとも、古来からある言葉と精神と価値観で解決出来る事がまだまだあるのではないかと思っております。

ただ確かに世間も行き過ぎている事は多く解決させるにはこれまでの何倍もの時間がかかるのでしょう。



以前に馴染みの和食屋さんで大将から「長持ちしたら買い替えが起きないから繁盛しないんじゃない?」と言われた事があります。

確かにそれも一理ありますが、長持ちしないと信用を得る事が出来ませんし、一番回避しなければならないのは信用を失う事です。

私のような商店はまずは信用して貰わない事には“次”はなくその繰り返しが信頼へとなります。

信頼まで辿り着くのには長い時間がかかります。

失う時はあっという間なのに。


買い替えを狙う事こそが勿体ないの真逆であり、そして信用を得られない要因です。

言葉はウソをつきますが精神性や思考はウソが付けません。

どんなに調子の良いことを言っても、逆にどんなに無愛想でぶっきらぼうでも思考が自然と行動や所作に現れ、その人の全てが現れます。


難しい言葉を生み出し知り、難しい取り組みの前にまずは勿体無いから始められる事はまだまたとても多い様に思います。





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